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母が3月に亡くなりました
2月下旬にはそろそろと言われ、父も兄(故)も娘も勿論私も面会に
家族4人、心の準備を始めていました
母は8年前自宅で尻餅をついて、背中の圧迫骨折
高齢ですがインプラントでつなぐ長時間の大手術を受け、生還してまいりました
でも、その怪我で全く歩けなくなりました
娘が高2の12月
3年生の0学期が始まる時
5人の暮らしがどうなるのか先が見えなくなりました
母はその時、すでに別の持病も抱えておりましたが、半年後に退院(この時も毎日病院へ通っていたな)
デイに通いながらの自宅介護4年(は兄のお陰)、その後、特養入所1年9か月。とても頑張っておりましたが3月14日「眠るように」逝きました(看取れなかったので多分ですが)
94歳、あっぱれの大往生です
遡って、3月1日に兄が救急搬送され
その兄も母を追うように6月に逝きました
母を父と兄と娘と4人でちゃんと見送って、救急搬送から3か月半、急逝と言っていい短さで逝ってしまったな
兄の最後の鼓動を確かに感じひとりでしっかり見送りました
実は、未だに兄のこのことが受け入れない気持ちです
でも、兄の百箇日を前にやっと少しずつ気持ちが落ち着いてきたところです
兄の事は今思い出そうとしても断片的にしか記憶がない
3か月ちょっと、ほぼほぼ毎日病院面会、いろいろな手続きで役所なども含めて飛び回る
私の記憶を記録にしているのがこの日記ブログですが、兄のことは葬儀の事も他いろいろなこともちゃんと記事にすることが未だに出来ずにいます
かといって、私、寝込んだりふさぎ込んだり、暮らしも維持できなかったとか、そんな事でもないんです
ブログも更新して、それなりに楽しそうに?暮らしてて皆さんご承知の通りなのですが、でも、実は、「なんか私、ヤバイヤバイ」って心の叫び
頑張れ頑張れと自分を鼓舞し続けてましたもん

母、兄それぞれに、無事に四十九日を終え、納骨を済ませ、いろいろな諸手続きを全部ひとりでしてきのですが、やっと、昨日、最後の手続き(満中陰志の配送)を終えました
母も兄も財産などは無く、代表相続はすべて父です
根を詰めて手続きすれば毎日1~2件ずつ3~4日程度もあれば…ふたりそれぞれに、十分終わるという感じ。その後四十九日をもってお返しを手配して
粛々と淡々と作業を進めて行けばこんなに長くかかるほどの事はない
ですが、わたし動けなかったんです
兄のことになると特に
自分の事や娘のこと、父のことは今まで通り滞りないようにやってきたし一見、ほんと、元気に暮らしていたんですがね
何故か、兄の事は先へ先へと、昨日までかかりました
22日にはもう終わるって書いてて…
本当はこの日(8月25日)⇧の帰りにイオンによって配送してもらえば全部終わったのに
またその後チャンスが31日にあって、ついでにイオンへ出向けば終われたことが、2件の満中陰志を送るだけのことに、既に昨日は9月9日、なんと2週間以上動かずにいる、動けずにいる
・・・💦
でも、やっと、昨日で、全部終わり
二人が生きた証をきちんと整理し、皆さんへのご挨拶も済ませました
これでふたりにちゃんとしておいたよって、報告できます
兄は「うん、おおきに」って
母は「あんたぁ、遅そうまでかかったな」って
言ってると思います💦
でも、私にも言い分があるんです
身内の不幸はせめて2~3年開けようよ~
兄には順番守って欲しかったよ・・・
三か月って忙し過ぎるよ~😭
兄には文句(クレーム)がいっぱいです笑
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これで、私の肩の荷が少しおりました
でも、まだ、父がいて、実家の片付けや処分の事があって、いわゆる実家問題は前途多難
そして娘がいて、自分の老後のこと
まーですね、私たちのことは今のところは、あくまで今のところではありますが(これだって行く先に絶対はないのですが)なんとか大丈夫そうに思っています
とにもかくにも
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頑張ったね👍わたし👏
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と、自分を褒めてもいいですか?
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